インタビュー Vol.96
 

指揮は準備が9割!スコアと向き合う時間はいくらあっても足りません

河合尚市(指揮者)

 

 
 

全8公演を終えてのご感想をお聞かせください

2022年9月9日に最初のリハーサルを行って、11日に神奈川県民ホールで公演初日を迎えました。実際に指揮台に立ってみると、マイクで拾った音とマイクを通さない生音の聴こえ具合が大きく異なっていたので、歌手の声とオーケストラの楽器間のバランスをどのように整えていったらよいのか、正直かなり悩みながらのシリーズ・スタートとなりました。この問題については、音響スタッフの皆さんのご尽力により、回を重ねる度に音響環境が整ってバランスが良くなっていきました。5ヶ月間という長いシリーズの期間中には、貴重な体験を沢山させていただくことができ、収穫のとても多い有意義な公演でした。恐らくこれは私だけはなく、この公演に関わった他の出演者、スタッフの皆さんにとっても実り多い企画になったのではと思います。そしてお客様の反応ですが、どの会場でもお客様の満足度は上々だったようですので、ドリーム・キャラバンは大成功であったと言えるのではないでしょうか。
 

 

これまでに、同様の公演で指揮されたご経験は?

林隆三さんの語り、歌、お芝居付きの公演とか、著名なタレントの方にナレーションをしていただいたプロコフィエフの『ピーターと狼』、ゲストの歌とオーケストラとの共演など、これまでにも純粋なクラシック演奏だけではない公演を指揮させていただいていますが、今回のようにほぼ全ての曲を複数のゲストの方と共演すること、そして更にシンフォニック・オーケストラにビッグバンドが加わった特殊な編成のオーケストラを指揮するコンサートは初めての経験でした。
 
 

今回の編成は、過去にあまり例を見ないと思いますが、気を遣った点などはありましたか?

ジャズの要素をふんだんに取り入れたガーシュウィンやバーンスタインの作品を指揮することはよくありますけれど、今回のシリーズのように完全な混成チーム、つまりクラシックのオーケストラとジャズのビッグバンドという異なる二つの演奏団体を一つのスペシャル・オーケストラとして編成したコンサートの指揮は初めてでした。そもそもクラシックとジャズではそれぞれの音楽語法が全く違うので、一つにまとめるという作業は本当に大変なのものでした。それこそ“オケマン気質”と“バンドマン気質”のようなものがあって、普段の仕事上の「しきたり」が違うことも多いわけですから、それぞれの団体ができるだけ普段着のままで音楽できるように、双方の良さを活かしつつ、その着地点を探る作業をできるだけ誰にも悟られないように進めていくという点に気を遣いましたかね。

 

 

全国各地でオーケストラが異なるというのも大変だと思いますが、工夫された点はありましたか?

このシリーズでは6つのオーケストラと2つのビッグバンドの皆さんとご一緒させていただきました。このうち5つのオーケストラとは共演経験があって、団員や事務局の皆様の中にも知った顔が沢山いらっしゃいましたので、全く不安はありませんでした。本番前のリハーサルはどのオーケストラとも1回のみでしたので、極めて限られた時間の中でオーケストラのサウンドを整えることと、歌手の皆さんの要望に応えること、この大きな課題をこなさなければなりません。どのオーケストラの皆さんもリハーサル前までに準備を入念にして下さっていたので、演奏面での不安も一度も感じることなく進めることができました。それから、これは私の工夫ではありませんが、運営スタッフがオーケストラのメンバー分の楽譜を用意するわけですが、全体の曲数が多いことに加えパート数もかなり多いために、揃えなければならない楽譜の量が半端ではありませんでした。8回の公演は毎回違うプログラムでしたし、日程が近い公演もありましたので、楽譜を準備して事前にオーケストラに楽譜を送る作業もかなりの重労働だったと思います。パート譜のセットをいくつ作成してどのように移動させるかといったマネージメントは、担当者の方は相当苦心されたと思います。
 

印象に残った曲目はありますか?

どの曲にも全て印象が刻まれています。その中でも敢えて1曲を挙げるとしたら、大阪公演で木村花代さんが歌った《オペラ座の怪人》の「Think of Me」ですかね。もう30年近く前のことになりますが、劇団四季の日本初演公演を指揮した時のことを思い出しました。それから花代さんとは、劇団四季の《ウエスト・サイド・ストーリー》でも共演したことがありましたので、歌手、曲の両面から記憶に残っている1曲です。

 

木村花代さんとの共演
 
1988年に日生劇場にて日本初演が実現した、劇団四季ミュージカル『オペラ座の怪人』

 

公演で使用されていたスコアを少し拝見させていただききました。沢山の書き込みがされていて、すごい勉強量ですね!

指揮の仕事は、準備が90%以上だと思っています。限られた時間内でリハーサルを遂行できるかどうかもこの準備にかかっています。アレンジャーから提供されたスコアを自分にとって見やすく、扱いやすくなるように拡大製本したり、譜めくり箇所を整えるところから準備は始まります。リハーサルに臨む時点で、誰よりも楽曲を理解していなければならないですし、作曲者やアレンジャーが書いた意図をとことん掘り下げるなど、このようなポピュラー音楽であっても勉強すべき箇所は無限にあります。スコアを見るたびに新しい発見があって、奥深くて面白いです。スコアと向き合う時間はいくらあっても足りませんね。

 

今後の指揮活動で目指すことなどはありますか?

これまでのキャリアの中では、特にバレエ公演の指揮を多く担当させていただきました。その経験を活かして、新作バレエを構想しています。
 

バレエというジャンルも一般的には敷居が高い世界のように思います。ポピュラー音楽とバレエの融合なんて、いかがでしょうか?

そういった発想は非常に興味深いと思います。最近では、QUEENの音楽とバレエを組み合わせる試みもありましたね。そもそもジャズ・ダンスにしてもヒップホップにしても、あらゆるダンスの基礎はクラシック・バレエに通じているわけです。そして、ポピュラー音楽も同様にクラシック音楽から発展してきました。すでにお分かりと思いますが、これらの音楽も様々なダンスも、全て同じ芸術の幹から分かれた枝葉と言えます。ポピュラー音楽とバレエの融合、是非実現させたいですね。

 

 

ダンスにもお詳しいのですね!

バレエ公演を指揮する上で特に重要なのは音楽のテンポです。ダンサーとテンポについて打合せをする際に、音楽用語を使う私とバレエ用語を使うダンサーとの間に「言葉の壁」を感じました。それで、“バレエの言語”を学ぶ必要性と、ダンサーの気持ちや苦労を少しでも共有できればと、45歳の時に2年間バレエのレッスンに通いました。体を動かすこと自体は大好きでしたから楽しく勉強できましたね。話が逸れますが、実は中学・高校時代はバスケットボールに夢中になりまして、実業団リーグで活躍したいと真剣に思っていました。

 

ありがたいことに、「ドリーム・キャラバン」の続編を望む声が多数届いております!そのような機会が実現できれば、また次回も指揮をお願いできますか?

クラシック音楽の指揮をしていますと「ポピュラー音楽はお嫌いかもしれませんが…」と誤解されることも多々あるのですが、中学生の頃はエレキバンドを組んで、ギターやキーボードを演奏していたくらいで、ポピュラー音楽はむしろ大好きです。また、私は大の映画好きでもあるので、当然映画音楽も身近なものです。ミュージカル公演も沢山指揮してきました。これまでのあらゆる音楽経験を存分に注ぎ込むことができたのが今回のドリーム・キャラバンです。前置きが長くなりましたが、次の機会があれば、もちろん喜んでお引き受けします。「ドリーム・キャラバン2」がどんなに奇想天外な企画でもです!

 


※本インタビューは、全公演終了後に実施したものです。
 
インタビュアー:久我右京
写真:平林亜美
許可なく転載・引用することを堅くお断りします。

河合 尚市

東京芸術大学卒業。これまでに、劇団四季(ミュージカル『オペラ座の怪人』日本初演)、藤原歌劇団、東京混声合唱団、仙台フィルハーモニー管弦楽団、オーケストラアンサンブル金沢、東京フィルハーモニー交響楽団、東京ニューシティー管弦楽団、神奈川フィルハーモニー管弦楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団、セントラル愛知交響楽団、日本センチュリー交響楽団、大阪交響楽団、広島交響楽団、九州交響楽団等、国内の主要オーケストラと共演。また、日本屈指のバレエ指揮者として日本バレエ協会、松山バレエ団、谷桃子バレエ団等、日本を代表するバレエカンパニーの公演を指揮。現在、国際親善協会ジャパンウィーク合唱フェスティバル音楽監督、浜松Open Art エグゼクティブ音楽プロデューサー、尚美学園大学名誉教授。

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