インタビュー Vol.68
貪欲なチャレンジ精神で高みへ~クロマチック・ハーモニカのミューズ
山下 伶
山下さんは音楽一家に生まれて、幼少の頃からピアノやヴァイオリンを学ばれていたとのこと。
そうですね、最初は母からピアノを習っていたのですが、やはり親子だとうまくいかない所もあって、外の先生についてヴァイオリンを習いはじめました。両親は私をヴァイオリニストにしたかったみたいですけど、中学校一年生まで習ってあまり芽は出ませんでした(笑)
そしてフルートとの出会いですね?
はい、友達に誘われて中学校の吹奏楽部に入って、フルートを始めました。その中学校はマーチングで全国大会に出場するような熱心な強豪校で、私はマーチングの時にはフラッグで演技するカラーガードをやっていました。3年生の時にはマーチング・コンテストで日本一になって、世界大会にも出場したんです。
高校は埼玉県立伊奈学園総合高校に進まれたということで、やはり吹奏楽の超名門校ですね。
はい、中学での実績を買われて推薦で入学させていただきました。ちょうど伊奈学園が活動にマーチングを取り入れるということで、マーチング経験者を集めていたんです。高校ではひたすら部活とフルートのレッスンを頑張っていましたね。
その流れのまま順調に音大へ進まれたわけですか?
いえ、実はそうでもなくて、その頃自分が何をやりたいのかわからなくなっちゃったんですね。本当にフルートが好きなのかもよくわからないまま東京藝術大学を受験したんですが、そんな生半可な気持ちでしたから当然ダメで、浪人の一年間はフルートのレッスンは続けつつ、新しいことにもチャレンジしたいと色々と悩みながら過ごしていました。
それは意外でした。順風満帆なエリートコースを辿られたのかと思っていました(笑)
マーチングの全国大会で、日本武道館のステージで大観衆の前で演技して、そういう人前に立って何かやることの魅力にとりつかれちゃったんでしょうね。なので、どうしたらそういう道に進めるのかって漠然と考えていて、フルートだけじゃなくて色々な可能性を試してみたくなっていた時期ですね。その中の一つで、お芝居にもチャレンジしたいと思って、芸能事務所のオーディションを受けてみたんです。進学については、当時蜷川幸雄さんが学長を務められていて、音楽専攻だけでなく演劇専攻もある桐朋学園芸術短期大学に興味を持って受験しました。そうしたら、事務所も短大も両方受かることができて、音楽とお芝居の両立を目指すことになったんです。
あれ?まだハーモニカの話が出てこないですね...
はい、まだですね(笑)短大ではフルートも頑張って成績優秀者だけが選出される卒業演奏会にも出演させていただきました。でも、ちょうどその頃お芝居の方でも明治座『三丁目の夕日』の舞台出演が決まったところだったので、もう「私はこれからお芝居の道で生きていくんだ!」という気持ちになってしまって、きっぱりと「フルートはこれで卒業します!」って宣言して短大の卒業を迎えました(笑)
さらにハーモニカから遠ざかっちゃってますね...!
短大も卒業して、『三丁目の夕日』の一ヶ月公演も無事に終わったんですが、なかなかその次の役が決まらなかったんですね。また悩みながら演技の勉強もしつつ、フルートの演奏のアルバイトも始めました。ホテルやレストランのラウンジで演奏したり、カラオケじゃなくて生バンドをバックに歌えるお店というのがあって、そこで演奏のお仕事をさせていただきました。昭和歌謡など、お客さんのリクエストに応えて伴奏をつけるんですね。そのお店で、2011年の頃ですが、ある時お客さんから映画音楽の『ひまわり』を演奏して欲しいというリクエストをいただいたんです。でも私はその曲を知らなかったのでYouTubeでどんな曲なのか検索してみたら、偶然その『ひまわり』をクロマチック・ハーモニカで演奏している動画に出会ったんです。その音色と、表現力の凄さに圧倒されて、ビビッときました。
ついに出会いましたね!動画で演奏されていた方はどなただったのでしょうか。
徳永延生先生と、そのお弟子さんの南里沙さんです。それからお二人の演奏を聴き漁っているうちに「私もやってみたい!」っていう気持ちがどんどん膨らんでいって、その数日後に徳永先生にメールで連絡を取ってみました。そうしたらなんとその翌日に楽器と教則本が届いたんです!その対応にもびっくりして感激して、すぐに徳永先生のいらっしゃる大阪まで伺いました。徳永先生はいかにも“大阪のおっちゃん”っていう感じで「よう来たな~!」と喜んで迎えてくださいました。
すごい行動力ですね!その動画に出会うまで、クロマチック・ハーモニカという楽器の存在はご存知だったのでしょうか?
いえ、まったく知りませんでした。ハーモニカは、以前は小学校の音楽の授業で採り入れられていたそうですが、私の時にはもうなかったので、ハーモニカという楽器自体触ったことがありませんでした。未知の楽器に出会ったという感じですね。
その後、徳永先生に弟子入りしてハーモニカを専門的に学んでいかれたわけですね。
そうですね、そこから月に2回くらいのペースでレッスンに通いました。アルバイト代は交通費とレッスン代に全部つぎ込んでいました。
ずっと音楽をやってこられたから、飲み込みも早かったでしょうね。
先生はそう仰ってくださったんですけど、私からすると、ずっとフルートでは“吹いて”音を出していたので、“吸って”音を出すという感覚がなかなか身につかなくて、難しかったという思いはあります。それから、普通の五線の楽譜にずっと親しんできたので、クロマチック・ハーモニカの穴番号に慣れるのも苦労しましたね。
2011年にハーモニカに出会って、2014年には大会でグランプリ受賞とのこと。凄まじいスピードでマスターされたのですね。
実はそこにも人生を変えるエピソードがありまして。クロマチック・ハーモニカを始めて半年くらい経った頃に、徳永先生が東京でハーモニカ教室を開講することになったんですね。その当時、私はまだ簡単な曲くらいしか吹けなかったようなレベルだったのですが、なぜかその教室の講師に指名されてしまったんです。「えーっ!?」と驚きましたけど、講師がこんなレベルじゃまずいから、もうやるしかないと思って必死に練習しました。この話がなかったら、こんなに練習することはなかったと思います。コンテストには2012年から出場して、3度目の正直で2014年にグランプリになれました。
そんなエピソードが...!徳永先生も山下さんのポテンシャルを見越してご指名なさったのでしょう。
その時はフルートを演奏してお金をいただいていましたから、引き続きフルートを頑張りつつ、趣味程度で密かにハーモニカも練習して上達していったらいいな、というくらいに思っていたんです。仲間たちからも「なんでハーモニカなの?」ってからかわれていたくらいでしたし、ハーモニカ奏者になることなんて全く考えていませんでした。でも徳永先生に背中を押していただいて、頑張れば頑張るほど上達していくのが楽しかったし、どんどんハーモニカの魅力にはまっていきました。そして、2014年にグランプリを獲れたときに「私はクロマチック・ハーモニカでいこう!」と決心することができました。
ハーモニカ教室での山下さんの指導はスパルタで手厳しいとか?(笑)
いえいえ全然そんなことないですよ。私としてはただ真剣に教えているだけなんですけど、中学と高校で熱血吹奏楽部にずっといましたから、ついその時の熱血ぶりが出ちゃうのかもしれませんね(笑)
クロマチック・ハーモニカはお手本となるプレイヤー人口も少ないですし、ましてやジャズやアドリブともなると、練習するにもご苦労されたでしょう。
徳永先生がジャズを得意とされていたので、もうひたすら徳永先生の真似をして吹くだけでしたね。アドリブについては、先生が用意してくださる楽譜にはフレーズが全部音符で書かれているんです。なのでそれをそのまま演奏すれば、格好いいアドリブ風になるのでそれを必死でさらっていました。ジャズ理論の本も何冊も読んで勉強しましたけれど、本当に難しくて(笑)今では自分のアドリブも吹けるようになってきましたけど、それも実戦の中で学んでいっている感じですね。ジャズ・ピアニストの山本剛さんと一緒に演奏させていただいた時に、自分の中に無かったフレーズが、相手によって引き出されたりといった経験をして「ああ、ジャズってこういうことなのかな?」なんて、少しずつ理解できるようになってきて、もっともっとジャズを解るようになりたいと思っているところです。
クロマチック・ハーモニカ特有の奏法とか、新しいテクニックの開発をされたりは?
それは本当にここ数年ですね。CDを出させていただいてから、自分らしい演奏っていうものを考えられる余裕が出てきたかも知れません。沢山の先輩ミュージシャンの方々と共演する中で、色々とインスピレーションをいただいています。
フルートとハーモニカの表現力に違いはありますか?
そうですね、やっぱり低音の豊かさでしょうか。私、ずっとヴァイオリンの寺井尚子さんが大好きで、初めてコンサートに行った時から、いつかあんな風に演奏できたらなって憧れていたんですね。それで真似してフルートでチャレンジしてみるんですけれど、楽器の特性上、ふくよかな低音域はどうにもこうにも鳴らせなくて、歯がゆさを感じていたんです。その音域が、ハーモニカならば出せるんですよ!それだけで表現の幅は自分の中でぐっと拡がりました。特に私が使っている楽器は16穴のモデルで低音域が拡張されていて4オクターブ出せるんです。
フルートの経験がハーモニカに活かされていることってありますか?
ひとつはヴィブラートですね。ヴィブラートはお腹や口周りでかけているのですが、それがフルートのやり方と同じだったので、すぐにできましたし、ヴィブラートが綺麗だねって褒めていただくことが多いです。
ハーモニカを演奏するうえで大変なことってありますか?
とにかくハーモニカは、唇の滑りが悪くなるとフレーズが繋がらなくなってしまうんですね。だから常に唇が滑る状態、濡れている状態にしなくてはいけなくて、だから口紅やリップクリームは本番前は一切つけられないんですね。それから、緊張して唾液が出なくなってしまうのも大変です。唇が切れたりすると演奏にも支障が出てしまうので、日頃のケアにも気を遣いますね。あと、冬場の寒い所だと楽器が冷えて中が結露してバルブが開かなくなってしまうんですね。それがハーモニカ奏者にとっての一番の悩みなんですけど、そうならないように「ハーモニカ・ウォーマー」という器具を楽器に付けたり、体温で温めてから演奏に臨んだりしています。
楽器は色々な機種をご使用なさるのですか?
メインで使っているのは1本ですね(HOHNER社 Super 64x)。予備で同じモデルのものをいつも用意しています。これまではパワーや音色の太さを求めていて、このモデルのサウンドが一番いいと思っていたのですが、ジャズを演奏するようになってから、丸くてまろやかな音も出せるようになりたいと思って、もしかしたら別の楽器も試してみるのもいいかなと、色々模索しているところです。それからライブやレコーディングでの音質に関しては音響さんの方である程度調整してもらえるものとも思っていましたけど、同じ楽器をジャズ・ハーモニカ奏者の方が吹いたら、とても丸くて素敵な音を出されていて、音響に頼るのではなくて自分自身で様々な色を出せるように追求していかなければいけないな、と思っています。
話は変わりますが、2019年4月開校の春日部市立春日部南中学校の作詞作曲を手がけられたそうで。
はい、私自身もご指名いただいてびっくりしました。きっかけは、2,3年前に春日部でのコンサートに出演させていただいた際に、MCで「いつか春日部に恩返ししたいです。例えばどこかの校歌を作ってみたり...」なんてことをぽろっと喋っていたんですね。それを私が中学生だったときに校長先生だった今の教育長さんが聞いていらっしゃって、それで私を推薦してくださったんです。でも、歌詞まで担当することになるとはさらにびっくりでした。事前に市民からアンケートで集めたキーワード集をまず頂いたんですね、ランキング数百を超えるような凄い分量でしたけど(笑)そこに挙がっていた言葉や、自分で実際に学校に行って、見た風景や印象を組み合わせて詞にまとめました。曲の方は、最初はバラード調で提案してみたんですけどそれは不採用になっちゃいまして(笑)、体育祭でみんなで歌えるようなアップテンポの曲が希望というお話を伺って完成させました。他にない感じで、今時の校歌になったとご好評をいただきましたが、実際に歌う生徒の皆さんにも気に入っていただけたらいいなと思います。
アルバムのタイトルの付け方が面白いですね!
2015年に作ったアルバムがドイツ語で「初まり」という意味の『Anfang』、そして最初のメジャーアルバムが『Beautiful Breath』(2016年)で、『Candid Colors』(2017年)、『Dear Darling』(2018年)というふうに、これは事務所の社長のアイデアなんですけど、Aから順にBB、CC、DDと続きました。やっぱり次はEEですかね(笑)。2015年から年に1枚のペースで出せているので、これからも毎年発表していけるように頑張りたいです。ZZまで行ったらどうしましょう...そこまで出せるといいですね!
山下さんが目指している音楽の方向性とは?
そうですね、憧れはやっぱり寺井尚子さんなんですね。テレビの対談番組で寺井さんが「自分から出る音楽以外は弾かない」って仰っているのを拝見して感銘を受けました。自分の中から出てくるパッションを楽器で表現する、あの格好いい姿。こんなパフォーマンスを私もハーモニカで出来たら最高だなと思います。ほっとするような哀愁の音色、独特の揺らぎなどハーモニカならではの表現力を活かしながら、クラシックとかジャズとかジャンルに限らず、格好いいサウンドを目指したいです。
昨年から、韓国でのハーモニカ・イベントに参加させていただいているのですが、韓国やアジアでは若者にもハーモニカの人気が高くて、またそのレベルがもの凄いんです。「これはハーモニカじゃ無理だよな」と諦めちゃうような曲まで、いとも簡単に吹きこなしてしまって。そういうプレイを目の当たりにすると、ハーモニカってまだまだ無限に可能性があるんだなって思います。クロマチック・ハーモニカは歴史の浅い楽器ですし、これが正解といったものが確立されているわけではないですから、とにかく試行錯誤しながら技術を高めて、本当の“一流”になりたいです。
クロマチック・ハーモニカの認知度も高まっていくといいですね。
ライブのMCで「今日初めてクロマチック・ハーモニカを聴いた方は?」という質問をいつもしてみるのですが、やっぱりほとんど全ての方が手を挙げられるんですね。それがクロマチック・ハーモニカの認知度の現状です。でも、ライブをきっかけに楽器自体に興味を持ってくださる方も多くて、教室の生徒さんもどんどん増えています。シニア世代の方々は、かつて流行していた複音ハーモニカのイメージがあって懐かしく感じられるかもしれませんし、若い世代の方には初めて聴く新鮮なサウンドとして受け入れていただいているみたいです。これからもどんどん皆さんに聴いていただける機会を増やしていきたいです。ハーモニカというとちょっと暗いイメージがあるかもしれませんが、メディアへの出演も増やしてそういったイメージも変えていけたらいいですね。寺井尚子さん張りに、のけぞる感じで(笑)演奏して、ハーモニカは格好いい楽器なんだっていうことをアピールしていきたいです!
それでは最後に、サマージャズへの意気込みをお願いします。
まずは、このような歴史あるイベントに参加させていただけることに本当に感謝しています。しかも、憧れの寺井尚子さんと共演させていただけるということで、とても感激しています。今回のサマージャズでクロマチック・ハーモニカの演奏を聴くのが初めてという方がほとんどなのではないかと思います。ご来場いただいた皆さんにクロマチック・ハーモニカの魅力をしっかり伝えたいです!
【山下 伶 プロフィール】
埼玉県春日部市出身。横浜市在住。桐朋学園芸術短期大学音楽専攻(フルート)卒業。卒業後クロマチック・ハーモニカの音色に魅せられ、日本を代表する奏者である徳永延生氏に師事。2014年第34回F.I.H.JAPANハーモニカ・コンテスト総合グランプリ受賞。2016年に、ビクターエンタテインメントよりメジャーデビューアルバム『Beautiful Breath』をリリース。日本コロムビアより2017年に2ndアルバム『Candid Colors』、2018年に3rdアルバム『Dear Darling』をリリースし、ジャズ専門誌JAZZ JAPAN AWARD 2018 制作企画賞受賞。
▼山下 伶 オフィシャルウェブサイト
http://rei-yamashita.com/
メジャー・アルバム第3弾
『Dear Darling』
ジャジーなナンバーを中心に山下 伶の幅広い魅力が詰め込まれたアルバム
※第51回サマージャズの会場でも販売予定!
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(編集後記)
スマートで聡明な雰囲気と、子供のように愛くるしい笑顔が魅力的な山下 伶さん。
彼女は、これまで目の前に選択肢が提示された時、意図せずとも周囲が驚いてしまう方を選んできたのではないだろうか。それは現状維持では飽き足りない、貪欲さの現れ。「欲張り」とか「貪欲」という言葉にはネガティブなイメージもつきまとうが、彼女にとってはポジティブの塊でしかない。ならばガツガツ系なのかと思いきや全く逆で、その謙虚な話し振りからは無限の伸び代をも感じさせる。そして度々訪れた外部からの強烈な背中押し。彼女は押されるがままに未知のステージにポンと飛び出し、並外れた度胸とチャレンジ精神をもって結果を出してきた。これまで歩んできた道は、時に周囲をヒヤヒヤさせることもあったかもしれないが、やがて必ず良い方へと進んでいくことを知っている支持者たちは、これからも次々と彼女の背中を押していくのであろう。そして彼女はそれに応えて、より高いステージでさらに輝く。つまり、彼女は“持っている”女だということ。今後の活躍にますます目が離せない。
インタビュアー:関口 彰広
カメラマン:萬 零
カメラマン:萬 零
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