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インタビュー Vol.66
みずみずしい感性と独創的な発想で進化し続けるスター☆
北翔海莉

北翔海莉さんといえば、歌、ダンス、お芝居、楽器演奏とマルチの才能を発揮されるエンタティナーですが、小さい頃から芸事がお好きでいらっしゃったのでしょうか。

そんなことはないですよ。宝塚歌劇団に入ってからです。

宝塚歌劇団に入るきっかけは。

中学時代の担任の先生が、私に内緒で宝塚の願書を出していたんです。それまで、宝塚歌劇団を見たこともないのに、一応受けてみようと、受けに行ったのです。歌もバレエも習っていなかったので、受かるなんて思っても見なくて、合格発表も見に行かなかったくらいでした。

目標とする人は。

フレッド・アステアやジーン・ケリーのような、MGMのエンタテイナーとしてのアーティストです。

在籍中の21年間、いろんなご経験をされたと思いますが、トップさんになられた時の重圧とかはなかったでしょうか。

重圧はなかったですが、私はトップにはなれないと思っていたので、私がどんな状況にいても熱く応援してくださったファンの皆さんが縁の下の力持ちで下から押し上げてくださり、皆さんの気持ちで奇跡を起こしてくださったのですね。だから、皆さんにご恩返ししなければと思いましたし、自分がトップに立ったからと、自惚れるのではなく、どうすれば、一人一人のファンの方々に感謝の気持ちでお答えすることができるのかな、と思っていました。
あとは、私についてきて、という性格ではないので、一年生、二年生の子たちにいつも声をかけてどういう状況なのか、下の人たちが良く見ていますから、「どう思う?」とその子達の意見を聞くようにしていました。その子達の日頃の変化に気付いてあげられるような視野を持っていたいと思っていました。

お友達は大勢いらっしゃると思いますが。

私は全組を回っていたのでお友達は沢山いますね。良く泣きながら悩みを相談されたりしますが、相談してくる時には、自分でどうするべきかはすでに決まっているのですよね。だからあとは私がその子の背中を押すだけなので。

ご自分が泣きたくなった時は?

良く泣いていましたね。人前では見せないですが、自宅で泣いていました。
自分のような体験をしている人も周りにはいなかったので、人に相談もしませんでしたし。専科(花・月・雪・星・宙の5組)に行くとか、組み替えも多くて、立て続けに色んな組で出演させていただいて、あんなに過酷なスケジュールをこなしている先輩もいなかったので、それを相談しようがないですし、自分で答えを出すしか方法はなかったです。

いま、ポッカリ2時間が空き時間があったとしたらどうされますか。

ずっと大阪にいて、殺陣のお稽古に行っていないので、殺陣をお稽古したいですね。昨年の舞台も二刀流で剣の達人だったのですが、今年は槍を振り回さなければいけないので、基礎をしっかりやります。

退団されてからの方がもっと忙しくなられたとか。

そうなんです。宝塚時代は一つの公演を4か月くらい上演するので、それに集中していれば良いのですが、退団してからは、お能の舞台もあるし、ディナーショーも、ミュージカルも、同時進行でいつくものステージを抱えることになり、色々なお稽古が重なったりして、宝塚時代よりも忙しいですね(笑)

2016年に退団されてからの生活のリズムが変わりましたか。

そんなに変わっていないですね。朝8時からダンスレッスンに出ています。午前中色んなお稽古をしてお昼から夜まで本稽古で、殆ど家にいないです(笑)人前に出て、できなくて恥を掻くのは自分なので、やらないと自分の気が済まないですね。舞台役者はもし病気や怪我をしたら舞台に立てないわけですから、元気なうちに自分の今できる最大限の最高を発揮していないと、何かあった時に舞台に立てなくなっても悔いがないようにしておきたいし、常にちゃんとしたパフォーマンスをお見せしたいと思っています。でも私より、サポートしてくれるスタッフが色々と大変だと思います。休演日は特に分刻みの忙しさです。でも皆さん良く口々に言うのが、忙しいのに良くそんなに時間がありますね、と。でも忙しい人こそ、時間の見つけ方がうまいし、忙しい人こそ、沢山の時間を持っていると思いますね。
私は専科を3年間やりましたけど、立て続けに10日間位しかお稽古しないのに、大劇場の本番を迎えていたりとか、主演公演を終わってすぐに次の公演をやっていたりとか、当時、私はオバマ大統領の次に忙しいと思っていました(笑)

退団後も良い作品に恵まれてご活躍されていますが、これからどんな方向性で歩んでいかれるのでしょう

私もわからないですね。お能の舞台や剣の達人の舞台や龍笛を吹いたり、二刀流の立回りをしたり、そういう役が来るなんて思ってもみなかったですし、ミュージカル「パジャマゲーム」や「海の上のピアニスト」もそうですが、自分がこの役をやりたいということではなく、周りの方が、北翔海莉にさせようと思って下さることに、挑戦させていただいていて、皆さんの発想の中でうまく答えを出せるような役者でいたいなと思います。

2016年、退団後初のエンターテインメントショーを東京国際フォーラムCで「The Vocalist Premium Concert Celebration Night」で6日間の日替わりゲストを入れての公演をされましたが、ドラム演奏をしながら歌も歌われてビックリしました!!

そうですね。あれはもう泣きそうでした!毎日、日替わりゲストのため、新たに毎回3曲覚えなくてはいけなくて、歌と振り付けを覚えるのに本当に大変でした。現役時代は、サックスや三味線やオカリナなどを練習していましたが、ドラムは宝塚を退団してから練習しました。

色んな楽器を演奏されて。

楽器を色々やるようになったのは、宝塚で歌の役がついたりして、ジャズ、シャンソン、スイングって何だろうと思った時にリズムの原点がわからなくて、ドラムを始めたり、三味線をはじめたのも、日本舞踊で三味線の音が聞き取れなくて、何が前弾きとか、どこからが本編なのかわからなくて、自分が付属するものを何も理解しないで、芸事を決めるのが嫌いなので、それがきっかけで色んな楽器をやるようになりましたね。

いちばん最初に始めた楽器は何でしょうか。

小学生の時にブラスバンドでトロンボーンを演奏していました。当時、家にあったグレン・ミラー物語のビデオがあり、それを夢中で毎日見ていて、どうしても自分でイン・ザ・ムードを演奏したくてトロンボーンを始めました。今は自分のディナ・ショーでサックスを吹きながらやったりしています。

お師匠さんは。

ドラムはバンドのドラマーに習いました。サックスは宝塚オーケストラに40年在籍されている山崎さんという大ベテランのお師匠さんに教えてもらいました。2回公演が終わると一人、奈落で練習していました(笑)宝塚はジャズ、シャンソン、民謡、クラシック、演歌も、どのジャンルもミュージシャンは演奏できないとダメなので、大変だと思います。

一つの楽器をマスターするだけでも大変なのに。

それは楽器に限らず、フラメンコの先生だったり、私は、お師匠さんに恵まれていましたね。何でも続けられたのは、私を飽きさせないように、興味を持たせるような教え方が上手かったのだと思います。

ちなみに、ジャズはお好きですか。

家でよく流れていましたので、自然と好きになりました。
父が海上自衛隊で、よく自衛隊の厚木の米軍基地にもいたので、ジャズバンドがいて、ヴォーカルもいて、ピアノ弾いている人がいて。そういう光景を幼稚園の時から見ていたので、子供心におしゃれだなって思っていました。

ストレス解消法は?

たまに家で泣くくらいです。私はその当時から宝塚にいながら宝塚には染まらなかったのですね。私は松竹新喜劇の藤山寛美さんのDVDが大好きで、毎日見ていました。そこで浄化されて笑って泣いて、役者ってこういうものなんだな、と改めて認識して自分の仕事に取りかかるというサイクルでしたからストレスは全然たまらなかったです。

ご結婚もおめでとうございます!!

生活もリズムも今までと何も変わらないですね。お料理も一人暮らしの15歳からしていますし、在団中の宙組生などは特に私が作ってみんなで食べていました。みんな卒業しましたが、今でも交流はあります。

お仕事も充実され幸せですね。

パートナーと一緒だからこそ、これからも芸の幅を広げなくてはいけないし、昨年は全国の老人ホームを周りました。エンターテイメントを通して一人でも多くの人の心を温められるようなことをしていきたいし、世の中のためになりたいというのが私たち二人の夢ですから、そういうことに力を入れていきたいですね。

ボランティアですか!

そうです。依頼があればどこでも行きますし、一日あれば二ヶ所は回ることができますから。依頼があれば青森でもどこでも行きますし、先日は石川県小松市に行きましたよ。手の運動やことわざの遊びゲームや、「犬も歩けば。。。」の次はなあに??って実験したり、どのことわざを覚えているのかとか、100種くらい用意していきます。

老人ホーム慰問のきっかけは何だったのですか?

私のおばあちゃんが95歳で青森県の八戸市にいるのですが、元気なのですが、私が青森公演に行っても見に来られないので、みんなが、良かった!良かった!!という話を聞くだけなので、ならば、私が行けば良いのだと思ってはじめました。高齢者に喜んでもらえるようなメロディーラインだったり、キーの高さもかなり下げて低めに歌ったり、他には洋服の色も、高齢者の視覚は年齢と共に、少し黄色がかってくるので、ちょっと茶色がかったサングラスをかけたような色彩に見えるので、いちばん綺麗に見える色合いの衣装を考えてみたりして、匂いもそうですが、皆さんの五感をしっかり使えるようなものの気配りを心がけています。どういう方が入居されているかなどもしっかりとリサーチしてから行きます。だから宝塚の北翔海莉が来ますとは言わないです。色んな老人ホームを周りましたが、どんなに高級な設備が整った老人ホームでも人とのコミニケーションが取れなくて、皆さん孤独なんですね。「また来てね!」って手を離さない人たちの温かさに触れて励まされますね。夢が叶わなくても夢を抱くことは大事だと思うので、将来的には毎日、エンターテイメントショーが観れるような施設を作りたいですね。それは一緒になったパートナーも同じ夢を抱いているので、一緒に夢を叶えたいですね。ご入居者の皆さんは勿論ですが、そこで働いていらっしゃる職員さんにも喜んで頂けるよう、そのためにも色んな現場をしっかりと見て勉強していきたいですね。

今後、挑戦してみたいことは。

こんなことをしてみたいということではなく、こんなことを北翔海莉でさせてみたいと思っていただけるような役者でいたいですし、自分が自分のイメージだけで孤立して固まってしまうのではなくて、いつも柔軟で、その時代の好みにすぐに乗っかっていけるような役者でいるためには、常に自分の芸を磨いていきたいですね。

ビッグバンドファンに一言メッセージをお願いいたします。

私のファンの人たちもビッグバンドとの共演を聞いていただくのは初めてなので、ビッグバンドの世界を堪能していただき、そこに立つ北翔海莉を見てもらい、ファンの皆さんと一緒に新しい扉を開けていただけたら嬉しいなと思います。


元宝塚歌劇団星組 男役トップスターの北翔海莉さんの芸に対する飽くなきチャレンジとその名言、「毎日一公演一公演が、1分1秒が、自分の限界への挑戦だと思って頑張っていきたいと思っています」
更にインタビュー中におっしゃった、「今できる最大限の最高を発揮していないと〜」「忙しい人こそ、時間の見つけ方がうまいし、忙しい人こそ、沢山の時間を持っていると思います〜」
多忙を極めながら寸暇を惜しみボランティア活動も精力的にされて、大スターでありながら、心の細やかさや謙虚なお人柄がとても魅力的な北翔さん。舞台に立つごとに、ご自身の限界のギリギリまで全力で取り組む潔さには底知れぬ情熱と生命力を強く感じました。

インタビュアー:佐藤美枝子
カメラマン:Ami Hirabayashi

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