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インタビュー Vol.34
ビッグバンドの新境地を開拓し続ける角田健一の情熱
角田健一

●ネット(ウィキペディア)で調べたのですが角田さんのお誕生日は1月5日なんですね。ちなみに私は1月6日なのですけど。

いや違いますね、2月3日ですね(笑)。

●そうなんですか(笑)!ウィキペディアなどご覧になったことありますか?プロフィールとかが書いてあったりするのですよ。

あまりないですね。マメじゃないからそういうのはあまり見たりしないですね。

●日本の5大ビッグバンドのうち3つのバンドでご活躍なされて、ご自分の「角田健一ビッグバンド」を結成されたわけですが、最初にお入りになったバンドは?

宮間利之とニューハードですね。27〜29歳までニューハードにいました。ニューハードでやっていて、吹きやすい譜面とちょっと吹きにくい譜面があったりして、それでアレンジに興味を持って。アレンジのアの字も知らなかったので、バークリーへ行く事にしました。31歳で帰ってきて原信夫とシャープ&フラッツ、そして高橋達也と東京ユニオンに入りました。

●シャープ&フラッツは何年ぐらいらしたのですか?

たしか4、5年ぐらいだと思いますね。

●ユニオンは何年ぐらいらしたのですか?

はっきり覚えてないけどこちらも4、5年かな。

●私が角田さんが在籍中に一番沢山、聴いたビッグバンドは、東京ユニオンですが、毎月ピットインのLIVEなどは凄い熱気でしたね~。角田さんのダジャレが面白くて、バンドのムードメーカーでしたよね。あの時代は私も若かったこともありますが、世の中も音楽も活気があったように感じますが、角田さんはいかがでしたか?

あの時は熱気がありましたね。テレビなどの歌番組もいっぱいあって、仕事もいっぱいあったから、収入もありましたよね(笑)。

●その頃は角田さんが何歳ぐらいの時ですか?

シャープが31から35歳まで、ユニオンは35から39歳までですね。

●よく憶えていますね!東京ユニオンが解散するまでいらしたわけですよね。

そうですね。1989年 大晦日で東京ユニオンが解散になって、翌年からフリーになったけど、急に仕事なんてあるわけなくて、元のメンバーみんなに電話したらみんなも暇で(笑)。吹く機会がないと音が出なくなっちゃうからということでリハーサルをやりました。リハを何回かやったらライブもやりたいね、ってなって、その年の4月に新宿ピットインでライブをやりました。それがツノケンバンドとしては初めてですかね。

●それで奮い立ってご自分でビッグバンドをやろうと。

当時はシンセサイザーとかカラオケが出現して生のバンドがいらなくなっちゃったんですよ。時代の流れですかね…。だから新しいバンドを作るにあたり、モットーを決めました。「ビッグバンドよ永遠に!」てね。ライブのスタイルも楽しくしたかったので、小話を入れたり、エンターテイメント性の強いバンドを作った感じですね。新宿ピットインのライブも評判良くて、嬉しかったです…。

●ユニオン時代からそうでしたが、角田さんの小話が楽しくってね(笑)。ジャズの方ってユーモアのエッセンスが豊富ですよね。角田さんのMCが一番うまかった。

バークリーにいたころよくライブを観に行きましたが、ディジー・ガレスピーなんかは演奏より話しの方が多くて、ほとんど話で笑わせていましたね(笑)。そんな事もあって、自分のバンドをやるなら楽器を演奏しない一般の人にも来てもらおうと色々と趣向を凝らしていました。10周年のときはフランキー堺さんをゲストに入れて冗談音楽をやったり(笑)。

●そのときフランキー堺さんはドラムでした?

ドラムとMCでやっていただきました。会場は日本青年館でした。トランペットの人が馬の鳴き声とかトロンボーンがゼロ戦の音を真似したりしてお笑いのコンサートでしたね。

●あんまりゲストの歌手はいれない?

そうですね。ツノケンバンドでは基本的にゲスト歌手は入れませんね、自分たちの演奏時間がなくなっちゃうから。でも阪神大震災後の定期公演では酒井俊さんに「満月の夕べ」を歌って頂きました。きっかけはラジオで偶然かかっていた俊さんの歌を聴いて感動してね。これは是非出ていただきたいとお願いしました。それと昨年は25周年だったので、ペギー葉山さんと北村英治さんにゲストをお願いしましたよ。

●次に「原 信夫とシャープス&フラッツ」を経て「高橋達也と東京ユニオン」に参加され、それぞれのバンドリーダーから薫陶を受けられたと思いますが、バンドリーダーと特に残っているエピソードなどございますでしょうか。

宮間さん、原さん、高橋さん、それぞれ個性的で楽しかったです。原さんは通のファンだけでなく一般の人にも楽しんでもらえるステージに気を使っていましたね。ライブハウスならともかく、ホールでのコンサートではジャズ初心者もいるのでその人達にも「楽しかった、また次回も来たい」、と思ってもらえる様にと考えていたと思います。

●宮間さんはどんな方でしったか?

もう音楽一筋ですね。音に関してはとても厳しいです。客受けするからと言って有名曲ばかりやる事は無かったなあー。また演奏が終わると控室にも寄らずにタキシード着たまま帰っちゃう(笑)。

●みんなと打ち上げなんかもない?

そういうのは記憶にないですね。みんなでわいわい騒ぐような感じではないですね。それと対照的なのが原さんで、会食したり打ち上げしたりとかが多かった。それにステージマナーに関しては厳しかったですね。無精ひげはだめ、ジーンズだめ、ステージの上ではいつもスマイルしていないとだめとか。

●角田さんのバンドもにこやかで一体感があるので通じるものがありますね。それを象徴するのが終演後に全員がサイン会に出たり。あのアットホームな感じがうれしいです。

ありがとうございます。昔は仕事が沢山あったけど、いまは少ないでしょ。本当はバンドなのだからツーといえばカーという深いコミュニケーションが欲しいんですよね。だから定期公演前には3回程リハーサルをします。演奏上の注文が多く、うるさいのでメンバーには憎まれているかもしれないですけどね(笑)。

●ビッグバンドっていうのはお金もかかるけど、そういうメンタル的なものも維持していかないといけないから大変ですよね。

メンバーには言いにくい事も言わないとまとまらない。色々言われても辞めずに残ってくれているから感謝していますよ。

●影の功労者、奥様のご協力もありますしね!

家内が構成や演出もしており、リハーサルの進め方とか厳しく言われます。「なんであんなアレンジしているの!?」って(笑)。最初のほうはその事で喧嘩していましたけど。家内の場合は、お客さんの目線でも見ているのでいろいろと気付くのですよ。いまも言われるけど、少しずつ慣れてきました(笑)。

●角田さんのMCや曲紹介がとても解説がわかりやすく学校の先生みたいです!お客さんも曲を聴く前の心構えができるのが嬉しいですね。

ちょっと硬すぎるかなー。でも色々と言い出すと脱線しそうだから抑えていますけどね。

●アレンジの勉強はご自分で?

いや、バークリーで学びました。

●バークリーから戻ってきてから変化ありましたか?

バークリーにはデューク・エリントンのアレンジ講座があるのですが、エリントンの凄さを再確認して興味がわきました。それまでは古くて単純なアレンジだなと言うくらいしか思っていませんでしたが、エリントンのあまり知られてない組曲などを聴く様になって彼の偉大さに気付いたと言うか…。また、「A車で行こう」などをサンバとかジャズワルツにアレンジをしていましたが、原曲のアレンジには全くかなわない事にも気がついて、それ以来「A車で行こう」、「インザムード」、「シング・シング・シング」などバンド演奏でヒットした曲はなるべく原曲に近いアレンジでやっていますね。

●ツノケンバンドは2007年度には文化庁芸術祭の優秀賞を受賞されましたね。武満さんの音楽とのきっかけはあったのですか?

NHKのある番組で、武満さんが書いたジャズの音出をしましたが、これが凄い!びっくりしましたよ。日本にもこんな凄い人がいたんだって。知らなかった自分を恥ずかしく思いましたよ。武満さんのお名前は知っていましたが、現代音楽の人くらいでしたので…。それから武満さんの曲をいろいろと聴き、映画音楽、ソングスをアレンジして、コンサートをやりました。それで文化庁芸術祭の優秀賞を頂き、アルバムも作りました。「もうひとつの武満徹」です。

●武満さんとは生前、なにか交わるところがおありだったのですか?

それがお会いした事がないんですよ。譜面の音出しをしてから間もなくお亡くなりになったので。もっと武満さんのことを知りたいと思って武満さんの奥さんやお嬢さんにお会いしてお話を聞きました。武満さんはジャズが大好きで、デユーク・エリントンに師事したかったそうですね。

●毎回、毎回いろいろな演出をお考えになられて大変じゃないですか?定期ってつけると定期的に開催するプレッシャーや構成などのネタにご苦労されませんか?

全部家内がやってくれてますが。もうやりたくないって言ってますよ(笑)。2月に6月定期のチケットを販売するのですけど、チラシを折って、シールを貼ってDMを送ったり、たいへんだって。ははは!(笑)

●先日の公演も満席でしたし凄いです!ほんと、25年間の血と汗と涙の結晶ですよね。

お客様は入れ替わるので、常に新しいお客さんを増やしていこうとしていますね。家内が全て把握して頑張ってくれているから助かりますよ。何度かチケットを購入していただいているお客さんから電話がかかってくると名前を憶えているからお客さんが喜んでくれる。つい長電話になってしまう(笑)。

●バンドを運営していくことで、一番たいへんなことはなんでしょうか?アレンジはご自分ですし、制作は奥様ですので外注なしで色々とたいへんなことがあると思いますが。

大変な事だらけで、どれが一番かは分からな~い(笑)。

●ビッグバンドが好きなんですね。

そうですね。特にスイング時代の伝統的なものをやるビッグバンドが少なくなってしまったから、私たちが伝統を引き継いでいければと思っています。

●かっこいいよね。それにしてもメンバーは変わらないですよね。

少しずつは変わっているのですけど、でも10年以上続いていますね。冗談ですが、25年前、バンドを始めた頃はコンサート1週間くらい前になると夢を見るんですよね。開演時間になって緞帳が上がっているのにステージではまだ山台を組んでいたり(笑)。冷や汗ものですよ。また翌日も夢をみるのですけど、本番前にトイレへ行ったらチャックが上がらなくて「あーー!」ってなったり(笑)。そんな夢ばっかり。それと、コンサートのノウハウがわからないまま主催してますからね。「平台がサブロクで」、とか言われても、「何それ!」って。

●裏方の苦労というのがわかるから共感しますね。指揮者でトロンボーンの演奏でずっと立ちっぱなしですが、体調管理など、何か特別なことはしていますか?

最初のころは心労で心臓がドキドキしちゃったり、メンバーにも言いたいことを我慢したりしてストレスがたまっていましたね。いまは言いたい事やりたい事をきちんと伝えるようにしてるので大分楽です。

●角田さんにとっていちばん贅沢な時間はどんな時ですか?

毎晩お酒飲んでいるときがリラックスして好きな時間ですね。

●4月22日、日本を代表する3大ビッグバンドの競演!今回初出演のビッグバンドフェスの角田健一ビッグバンドの聴かせどころとビッグバンドのフェスティバルに向けての意気込みをお願いします。

同じ日に同じステージで三つのバンドの個性が聴き比べできるっていうのはなかなかない。ツノケンバンドはビッグバンドの名曲で「これぞビッグバンドだ!」という演奏をしたいと思っています。ぜひぜひ、ご来場ください!

ビッグバンドジャズを愛し、ただひたすら前を向いて自分の持てる力をふりしぼりビッグバンド振興のために努力を惜しまないツノケンさんの精神には脱帽です。ビッグバンドは大きな会社を運営しているようなもの。その責任感とプレッシャーをも跳ね退けて、定期公演を開催する角田健一ビッグバンドよ永遠に!

インタビュアー:佐藤美枝子

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