特集

レポート Vol.1
「Sing For You」 第1回 開催を終えて
理事 廣瀬 禎彦

歌を歌うこと

歌詞はメッセージです。歌を歌うということはすなわち聴く人にメッセージを伝えることです。したがって、まず、聴く人にとって歌詞がはっきりと聞き取れなければなりません。自分は歌詞を歌っているつもりでも聴く人に届いていなければちゃんと歌えてない事と同じです。歌詞をきちんと伝えるためには歌う人が歌詞を理解し、解釈し、その内容が聴く人に最もよく伝わるであろう歌い方をする必要があります。ただ、歌い方は歌詞の理解、解釈、表現方法に依存しますので、それゆえに同じ歌をうたっても歌う人によって表現が異なります。すべての歌手がひとつのうたを全く同じように歌う必要はかならずしもありません。そこには歌手の個性の発揮される部分があります。
歌詞をきっちり伝えられるように歌うための練習方法があります。それは歌詞にメロディをつけずにそのまま朗読することです。自分が理解でき、自分なりの解釈ができ、それが音読によって表現できて自分が納得できるまで何度も繰り返し朗読の練習を繰り返します。自分が納得のいく歌詞の朗読ができたとき、初めてメロディを載せて歌う練習をはじめることです。

歌詞はフレーズでできています

歌詞は言葉の集まりです。一つ一つの言葉から構成されていますがそれが詞になっている単位はいくつかの言葉のつながり、すなわちフレーズです。従って歌は一つ一つの言葉を声を出して歌うのですがそれをメッセージとして伝える単位はフレーズです。言葉をフレーズとして歌うことが重要です。
歌詞の言葉を十分自分のものにしておかないとフレーズで歌おうとすると音程が不安定になりやすくなります。音程に注意を払わなければならない状態で歌うと譜割りどおりに歌いがちなので言葉がフレーズにならず、肝心のメッセージがつたわりません。フレーズとして歌いながら音程を正確に保つためにはふわり通り歌う練習は必要ですが、ある程度音程がきっちり捉えられるようになったら言葉の意味をより強く表現するためにフレーズで歌うことです。
フレーズで歌う時であってもフレーズの中の言葉はどれもきっちり発声をすることです。そうでないとフレーズの終わりが消えてしまって聴いている方にとってはフレーズとして完結していないメッセージを聴かされるはめになります。

音楽は耳から学ぶ

フレーズの最初の音はとても重要です。基本は最初の音は正確な音程ではっきり発声します。音程に不安があるために弱く音をだしてみて音程を探る、というようなことをしがちです。しかし、聴いている方にとってこれほど聞き苦しいことはありません。フレーズの出だしの音程と音量は指定されているとおり正確に出すことです。正確に出せるまで繰り返し練習することです。ちょっと声を出してみてそれで音程を探ってから本来の音量を出す、という歌い方がクセになるととても聞き苦しい歌になります。

フレーズは最初の音が重要です

その頃はヴァイオリンで演奏する人が少ないということを知らなかったです。どこのレコード店に行ってもコーナーがないなって思ってましたね(笑)。少ないというのは私には問題ではなかったですね。

歌の美しさの一つは音程にあります

歌は音程を正しく歌って初めて美しく聞こえます。音程が正確であることは基本中の基本です。これを実現するには毎日欠かさず音程のための発声練習をしなければなりません。歩くのと同じように自然に正確な音程で歌えるようになるには音程のための発声練習が必須です。自分で自分の音程が正しいかどうかわからない場合には発声のレッスンを受けなおすことが必要です。
ある歌唱力の優れた音程も極めて正確な歌手でも実は定期的に音程の診断を受けて基礎的な練習を繰り返しています。自分で音程が狂ってきたことがわかると自分ではなかなか直すのがむつかしいので発声のレッスンを受けて調整しています。良い音程は自然に身に付き得られるものではありません。常にその正確さを保つための努力が必要です。前述の一流の歌手でもほぼ毎月一回は発声のレッスンに通い発声の調整を心がけています。

音楽にはグルーブがあります

楽譜に現れない音楽の大事な要素にグルーブがあります。グルーブは歌っている時のその音楽特有のゆらぎのようなものです。グルーブは声だけでは表現しきれません。身体をうまく動かすことによって歌にグルーブ感を持たせることができます。ソウルがソウルらしく、ジャズがジャズらしく、ボサノバがボサノバらしく聴こえるのはこのグルーブによるところが大です。グルーブのない歌はなにか一味足りない料理のような感じになります。

音楽を聴くと本来は体が自然に動きます

本来音楽を聴くと体が自然に動くはずなのです。体を動かさずに音楽を聴く方が不自然なのです。また、その動きも一つのパターンだけではなく聴く音楽によって異なります。聴くときに体が動くくらいですから、歌うときには当然その歌に合わせて、というか、その歌にあった動きが出てくるはずです。歌っている歌の歌唱を妨げない程度にその歌に合わせて体を動かしながら歌うと歌のリズム感、グルーブ感がよく表現できます。どの歌を歌う時も同じ動きの人をたまに見かけます。歌によって動きは変わります。歌を歌い、聴き、体をうまく動かすことは日本人にとって練習してでも体得すべきことです。
手軽な練習方法としてはヘッドフォンをかけて歩き、歩きながら聴いている曲に合わせて体を動かしながら歩くことです。黒人やラテン系の人がやっている、あの歩き方です。曲をいろいろ変えて練習すると効果的です。音楽を聴いていても体を動かさない、というようなことはなくすこと、これがうまく体を動かせるようになるコツです。

短い音は短く、長い音は長く

メロディの音符にはいろんな長さが指定されています。どれも同じ長さではありません。短い音は短く、長い音はきちんと長く歌う必要があります。ときには短い音はちょっと長く、長い音は延ばしきらずに歌っているのを見かけます。歩き方で言うと靴を引きずって歩いているような歌い方になっています。歌にもメリハリが必要です。メリハリがボケる大きな原因は短い音を短く歌わず、長い音をしっかり伸ばさないところにあります。特にフレーズの終わりに長い音がくると尻切れトンボになってしまうケースが見られます。歌に締りがなく、せっかくのフレーズが完了しないまま歌が次にながれていってしまいます。フレーズの終わりに長い音がくると息が続かなくて短くなってしまうケースがあります。これは息の使い方の問題ですが、つねにその傾向がある場合にはロングトーンの発声練習をして息が少しでも長く持つように練習することです。

お手本の選び方

お手本の歌手を選んでその人の歌を聞き込んで勉強するのは歌い方を身に付けるのにとても効果的です。ただし、自分の声にあったお手本を見つけることです。声はそれぞれ自分の体に備わったものです。そう簡単に変えられるものではありません。自分の声にあったお手本を見つけるとそれを参考にするのは効果的ですが、自分の声とはあっていない声のお手本を参考にするのはむつかしいことです。大事なことは自分の声と類似の声の、お手本となるべき歌手を見つけてその歌い方を参考に練習することです。スタンダードなジャズはひとつの曲をいろんな歌手が歌っています。参考にするときには自分の声のタイプに近い声の人が歌っている歌を参考にすることです。上手な人のマネを徹底して行うことは上手になる近道の一つです。

歌は小宇宙です

歌は小宇宙です。一曲の歌のなかに山もあり谷もあり、晴れもあり、曇りもあり、ときには雨、嵐もあります。人の心を歌っている歌には人の喜怒哀楽があらわされています。これを理解し歌うことができれば人の心を響かせることができます。歌詞を追い、音符を追う先に歌にはまだまだいろんなものがかくされています。それを掘り出して歌うことで聴く人に伝えるのが歌のパワーだと言えます。

公演はとにかく数多くの機会をミュージシャンに作ってあげるという観点でとても重要な活動だと思います。先日の25人の歌手の人たちも普段はサロンとかライブハウスで歌っているのでしょう。しかし、狭いところで口の先だけで歌う癖がついてしまうと歌が死んでしまいます。その点、先日のような大きなホールで歌う機会は得難いことでとても勉強になったはずです。歌手も演奏家も場数を踏むことが重要だとおもいます。
私が勝手に持っている基準があります。一応、プロであるためには少なくとも年間50回、つまり週一回のライブは必要です。食べて行くためには80回から100回の年間ステージ数をこなせなければならないでしょう。年間150回を超えられるようになればちょっと豊かな生活が出来るようになるでしょう。アメリカでグラミー賞候補にノミネートされるレベルの人たちは年間200回以上、もう少し厳しくみると年間250回は何らかのステージをこなしています。これを20年間続けられれば5,000ステージになります。名歌手、名演奏家と呼ばれる人は生涯でこのくらいの数字をこなしています。又、面白いことに作曲家も作詞家にもこの生涯5,000曲という数字は当てはまります。一曲作るのに8時間かかるとしますと5,000曲では生涯4万時間かけていることになります。この4万時間という数字はサラリーマンが定年まで働く時間とほぼ同じです。こうやって数字で見ると面白くありませんか?

日本ポピュラー音楽協会理事 / 元日本コロムビア社長 / 121works
廣瀬禎彦

【プロフィール】
1943年生 慶応大学大学院工学研究科 修士課程卒業。日本アイ・ビー・エム株式会社、セガ、アットネットホームとコンピュータ〜インターネット業界の先頭を走り続けたその後コロムビアエンタテインメント(株)取締役代表執行役兼最高経営責任者(CEO)を歴任。輝かしいキャリアを生かし、現在は早稲田大学で理科系の分野の教鞭をとる。2013年8月、当協会理事に就任。

許可なく転載・引用することを堅くお断りします。