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インタビュー Vol.46
衝撃的メジャーデビューを果たした実力派が歌い紡ぐ大人ロックを!
川島ケイジ

●子供の頃はどんなお子さんだったのですか?

幼少の頃はヒーローという存在に憧れを持っていて、自分がヒーローになって空を飛べると信じ込み高いところから飛び降りて怪我をしたり…、あとは靴を履いて走るより裸足で走る方が早いと思い込みアスファルトや砂利道でも裸足で走ったり…、なので変わった少年だねって周りから見られていましたね(笑)。

●学校ではヒーローだったのではないですか?

いえ、学校では大人しくて人見知りが激しく、女の子ともまともに話しができないほどでした。

●子供の頃から歌うことが好きだったのですか?

兄が長渕剛さんや尾崎豊さんが大好きでギターの練習をしていたのを僕はただ見ていただけで、音楽に対してあまり興味がなかったのですが、中学2年生の時に玉置浩二さんがミュージックステーションで「あの頃へ」という楽曲を歌っているのを観て、まるで命を削っているかのようにソウルフルに歌う姿に衝撃を受けました。そして自分もこういう歌を歌いたいと思い、兄のギターを借りて何も基礎知識のないままポロポロと弾き始めました。当時は誰かのコピーをする訳でもなく、いきなり曲作りから始めて歌詞をノートに書いていって自分で自分の楽曲に対してライナーノーツまで書くほど熱中しちゃったんですよね。

●ご両親はどんな方だったのですか?

両親は共に劇団員で、元々東京で活動していたのですが、結婚、出産を機に和歌山に帰ってきて、父は地元の漁港で働きながら青年団で踊りを教えたりしていました。そして青年団の演し物がある時などは最後に舞台に上がり挨拶をする父の姿を見て誇らしげに思った記憶があります。家ではいつも明るく踊ったりしてみんなを楽しませたりしてくれました。母も同じように地元の方に踊りを教えたり、振り付けなどをしていましたね。二人は本当に仲良しでした。父は僕が小学校三年生の時に46歳で亡くなったのですが今自分がこの世界で歌っているのも二人の影響は間違いなくありますし父とは夢の続きを一緒に見ているような感覚になる時もあります。

●音楽をやっていこうという気持ちになったのは?

大学の時に軽音楽部の人から誘われていたのですが、その当時も人見知りが激しくて、とても人前に立てる性格ではないなと思っていたので誘いを断っていました。でも21歳の頃に人見知りを克服してやっぱり歌いたいという思いが強くなって、前に誘ってくれた人にバンドを作りたいと伝えました。すると彼は二つ返事で「よし、やろう」と応えてくれて僕の音楽活動はスタートしました。それからメンバー募集をして7thというロックバンドを組んで自主制作でCDを作ったり、大阪のライブハウスなどでライブ活動をしていました。

●その時の仲間は今は?

27歳の時にバンドが解散する事になって、それから音楽をやめて就職するメンバーも居たり地元で音楽活動を続けているメンバーも居てそれぞれ違う道を歩んでいます。僕自身も音楽を続けるかどうか迷っていましたが頭で考えても答えが出なかったのでまずは足を動かそうと東京に行くことを決めました。

●好きなアーティストは?

高校の頃はハードロックが好きで、ガンズ&ローゼズ、ボンジョビ、エアロスミスなど、その当時流行っていたハードロックはほとんど聴いていましたね。それからオアシス、トラヴィス、レディオヘッド、コールドプレイ、UKの音楽なども聴くようになってロックの中にも繊細なものを感じる音楽が好きになりました。今はジョンメイヤーや、ラウル・ミドンもよく聴いていますし、幅広くなんでも聴きますね。でも一貫しているのは激しさと繊細さが危ういバランスであるのが自分の好みの音楽ということです。

●プロになるという強い信念が芽生えたのは?

プロになるという強い信念が芽生えたわけではなく、常に自分の中でのより良い音楽理想の音楽を表現したいパフォーマンスしたい、届けたいと追及していった結果がプロという形に繋がったと思います。

●挫折や壁にぶつかった事はなかったのですか?

やっぱり東京に出てきて路上ライブを始めた時、ロックバンド時代の名残を持ちつつ歌っていたのですが、そこでは自分の音楽は通用しなくて足を止めて聴いてもらうことができなかったのが悔しかったですね。そこで挫折を味わって、どうすればいいのか悩んだ時に原点に帰って歌というモノをもう一度見つめ直しました。言葉はどういう風に相手に伝わるのか、相手がもし自分だったらどんな言葉を投げかけて欲しいのかを考えて歌詞を書くようになりました。昔は難しい言葉を並べて自分が満足するようにつくっていたけれど、相手の立場になって受け取りたい言葉を歌詞に取り入れるようになりました。そこから大分反応が変わってきたと思います。

●どこでやっていたのですか?

当時は渋谷のNHKホールの並木通り前で週末になるといっぱい集まってやっていましたね。

●どんな時にメロディや歌詞が浮かぶのでしょう?

深夜にギターを触ったりしてイメージが湧いてきた時にヴォイスメモで録って、良いフレーズを貯めてひとつの曲を作りあげていく感じです。

●24時間のうち何時間くらい音楽に浸っていますか?

ん~、常にどこか意識の中にいつも存在していますね。何かをしながらでも潜在意識の中で音楽に繋がる事を感じています。つくづく歌って難しいなって思う事がありますけれど、やり方次第で変わっていくなって。ここ2〜3年で声の出し方も変わってきましたし、表現の仕方も変わってきています。半年ごとのスパンでもどんどん自分が変わってきているのを実感しています。

●ヴォイストレーニングはされるのですか?

昔に基本的な事を習っただけであとは自己流です。腹筋を鍛えたり、自分なりのルーティンはあります。日々身体との対話ですね。

●川島さんのステージでの立ち振る舞いや歌をお聴きしていると情熱的でとてもシャイな方のようには見えませんね。

ステージではお客さんとの間になるべく余計なフィルターをかけたくないのでフラットな状況で立てるように気持ちを持って行くようにしています。緊張している自分に気づいた時はその緊張をどう楽しむか考えますね。

●先日も「横浜音祭り」(11月27日)の野外で雨の中でのライブでしたが。

そうでしたね…。雨が僕の出番前に強くなって中止になりかけたんですけど雨の中みんなが待っていてくれたので、スタッフの方に絶対に歌わせてくださいとお願いしてマイクにタオルを巻いて歌いましたね(笑)。雨の中で歌うことは童心に帰ったような気持ちで楽しい経験でした。

●川島さんの曲はメロディも美しくてロマンチックで大恋愛をくぐり抜けてきたような曲があるのですが。

大恋愛もしてきましたし、自分が経験をしたことや感じたことしか歌詞に書けないのである意味全てが実体験ですかね。言葉に温度を感じさせたいという自分なりのテーマがあるのでそこはこれからも大切にしていきたいと思います。オリジナルとカバーは感情移入が多少違いますが、「Woman”Wの悲劇”より」は自分の中でリンクするところがある楽曲だったので、おこがましいですが自分でしか表現できないまた違った「Woman”Wの悲劇”より」を歌えると感じました。

●川島さんにとって大きな転機になったのは?

Chageさんとの出会いももちろんですし、石坂敬一さん(元ユニバーサルミュージック会長、元ワーナーミュージック会長、元レコード協会会長)に偶然ライブを観て頂く機会があって「Woman”Wの悲劇”より」を歌った時に、新たな名曲が生まれたと絶賛して頂きました。それからも色々とご指導頂いています。まさしく「Woman”Wの悲劇”より」は僕の運命を変えてくれた曲ですね。

●Chageさんとの出会いは?

元々ラジオのディレクターが繋がっていて、僕の自主制作したCDをChageさんに渡してくれたんです。するとCDを気に入って貰えて、Chageさんのラジオ番組にゲストで呼んで頂いたんです。そしてたまたま当時のChageさんの事務所が僕の自宅の近くで「お茶を飲む感覚でいつでも遊びにおいでよ」って言っていただいたので、その言葉を真に受けて本当に菓子折り持ってアポなしでお茶を飲む感覚で遊びに行ったんですよ。そうしたらChageさんが偶然事務所にいて、「お前、本当に来たのか!?本当に来ると思わなかったよ(笑)」って言われました。

●それも運ですね。

そうですね、Chageさんとは本当不思議なご縁を感じます。その時も「お前面白いやつだな〜、もう一回ラジオに出なよ」って言って頂き出演させて頂きました。他にも静岡でライブをすることがあった時に偶然同じ日にChageさんが「窓枠」っていう建物の1階にあるライブハウスでファンミーティングがあって、僕が2階の「aozora」というライブバーでライブをやってる日があって。それを当日に知ってお互いにビックリしたんです。そんな奇跡もありました。そしてChageさん主催の「Chage fes 2015〜音ふれあうも多生の縁〜」にスガシカオさんやchayさんらと共に全く無名の僕を出演させてくれたんです。2000人もの観客を前に歌うのは初めてだったので本当に緊張しましたが気持ち良く歌わせて頂きました。

●その時は何を歌われたのですか?

「夜の向う側」、「結〜yui〜」、「今人」の3曲をChageさんのバンドで歌わせて頂きました。そしてChageさんと一緒に「終章~エピローグ~」をデュエットさせて頂きました。

●Chageさんに溺愛されていますね。男気があるというかカッコイイですね。

本当に懐が深くて温かくて、カッコイイ方です。

●ユニバーサルさんから「KEIJI」をリリースされ、全国各地でインストアライブをされていらっしゃいますが、お客様が目の前にいらっしゃる場所で歌うのはどんな感じですか。

インストアライブは聴く態勢ができていない方がいらっしゃる中でのライブなので、意識がこちらに向いていない中でどうしたら意識をこちらに向けてもらえるのか、自分の中でも課題が沢山あって勉強になりますね。もともと路上ライブでの苦手意識があったので不安もあったんですが沢山の方に聴いて頂ける機会になっているのでこれからも続けていきたいですね。夜のライブだと来られないお子さん連れのお母さんなども昼間なら聴きに来られるので良い機会だなって思いますね。

●メジャーデビューまでの時間を今振りかえってみての感想は?

長かったですね。でも今までの時間は何一つ無駄なことはなかったので僕にとって必要な時間でした。遠回りしたぶん、テクニック的な部分に関しても、知識的なことパフォーマンス的なことも含めて、色んなことができていた遠回りだったので培ってきたものは沢山あるし、今がベストなタイミングだったんだなってつくづく感じます。

●これからもシンガーソングライターとして皆さんに愛される曲を作って、そして今までまだ世の中に出していない、眠っている曲も沢山あると思いますが。

一枚目のCD「KEIJI」はオリジナル2曲とカバ−3曲だったので、もっともっと自分のオリジナルを聴いてもらいたいという気持ちもありますし、自分の違う魅力を引き出してくれたのもカバー・ソングなのでこれからも良いバランスで表現していきたいなと思いますね。

●内外を問わず、共演してみたいアーティストはいますか?

今回のアルバムの「夏の終わりのハーモニー」をChageさんと一緒にレコーディングをしているので是非共演して一緒に歌いたいです。

●一日のうちでいちばん幸せを感じる瞬間は?

二度寝ですかね、あとはお風呂に入っている時ですね(笑)。

●モットーはありますか?

言葉に温度を感じさせて響かせる事

●今後の目標は?

色んな方に僕のことを知っていただきたいですし、歌を聴いてもらって、その方の人生を僕の歌で後押しできる存在になれるような歌手になりたいです。まだヒーローになる事を諦めていないのでみんなのヒーローになれるように頑張ります。

●コンサートを観に来てくださるファンの方へのメッセージをお願いします。

「川島ケイジ Music is My Answer」のタイトルの通り、音楽は僕の答えだ!という、僕の音楽人生がそうだと思うし、それを総括できるくらいのパフォーマンスを魅せたいなと思います。そしてジャズ・ピアニストのハクエイ・キムさん率いるトライソニークさんとの共演なので、いつものライブとは違った川島ケイジの音楽を聞いてもらいたいです。新しい境地を開きたいという部分もありますし、今までにない大人ロック、カッコイイ音楽をお魅せしたいと思います。

恋愛バラードを歌わせたらピカイチのシンガーソングライター川島ケイジさん。全身全霊で歌い込むステージを一度聞いたら圧倒されるファンは日々増えていっていることを実感します。今回のコンサートのご相談させていただいた時に、どのミュージシャンと共演したいですか?との問いに川島さんはジャズ・ピアニストのハクエイ・キムさんのお名前が。正直なところ意外でした。普段ジャズとは接点のない川島さんの心理の何を起動させたのか、これは自身への新たな挑戦なのか、発見なのか。どことなく繊細な翳りの中にも骨太な力強さを兼ね備えた歌声は唯一無二で、川島ケイジの《魂の叫び》をハクエイ・キム率いるトライソニークとの初共演でどんな化学反応を見せてくれるのか、ここでしか聞くことのできない音楽は、正に「これが僕の音楽なのだ!」川島ケイジのミュージック・イズ・マイ・アンサーが、聞く人の心の奥底に温もりあるメッセージを届けてくれることと思います。

インタビュアー:佐藤美枝子
カメラマン:吉田耕一郎

川島ケイジ/和歌山県出身。類稀なる声、魂から生まれる歌唱、そして抜群の存在感を兼ね備えロックを基本としながらも歌心を大切にしたボーカルスタイルは幅広い世代から熱い支持を受けている。2015年1月Chage 主催「Chage fes 2015」にスガシカオ、矢井田瞳らと共に出演し約2000人の観客を魅了した。同10月「THEカラオケ★バトル2時間スペシャル〜最強男子ボーカリスト決定戦〜」に出場し「Woman“Wの悲劇”より」を歌い話題となり、YouTubeにアップした動画の再生回数は1日で2万回を超えるほどの反響を得て、Webの急上昇ワードランキングで3位にランクインするなどの脚光を浴びる。12月 同番組に出演。2016年3月には「THE カラオケ★バトル プロ激オシ!歌うま選手権にChageの推薦で出場し『Chageが“必ず世に出てくる人物”』と絶賛するコメントが紹介された。また自身のオリジナル楽曲「手紙サンシャイン」がJ:COM関西「トップの言魂」のエンディングテーマとなり「Woman“Wの悲劇”より」がBS-TBS「Time is Life 〜トキメキの時〜」が2月度のエンディングテーマとなる。2016年8月31日ユニバーサルミュージックから満を持してメジャーデビューを果たし、今その活躍ぶりが最も注目されているアーティストである。

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